hitotsume

伸びしろがない。

思いは言葉に。

「真面目な会社員」という漫画が、アラサーの独身には結構刺さる気がする。

ぼんやりとした人生を徒然なるままに生きていると、気が付いたら30代になる。

本当にあっという間で、一体今まで何をやっていたんだと漠然とした不安がじわじわと体を蝕んでいくのだと思う。

 

マッチングアプリを初めて早1ヶ月半。

自分に光を与えてくれる人間がまさか現れるとは思っていなかった。

もうこれ以上のいい人はいないんだろうなってくらい勿体ない人だ。

その人のお陰で自分は生活や人生、仕事のモチベーションが上がるのだから。

 

もう二度とやりたくないなって思いながらアプリを退会した。

早く薬を飲まないくらいに回復したいな。

腸が煮えくり返る

昔からよく人に付きまとわれていた。

断れない性格もあり、偽善なのか保身なのか中途半端に優しくする自分に漬け込み、付きまとい、相手の気持ちを一方的に押し付けられることが多かった。

 

マッチングアプリでも同じようなことが当然ながら起きてしまい、ストレスが溜まりすぎて落ち着かない。胃のあたりがものすごくムカムカする。

この手の人間関係は、「何かしらで連絡を絶つ=今後の発展はもう無いですよ」という意味だと思っていて、基本は連絡が無くなった時点で察する。

 

それを無視して、何事も無かったかのように連絡をしてくる。それも何度も。

どうして相手の気持ちが考えられないんだ。

自分を待ち伏せしていたあの人も、何度も連絡をしてくるあの人も、自分の気持ちを考えずにズケズケと。ズケズケと。

「気になる人ができたので今後のやりとりは控えさせてください。」と嘘を付くストレスは、言葉にできない。ムカムカする。

 

余計なことでストレスを溜めたくない。勘弁してくれ。

どうしてこんなことでイライラしたり、不安に思ったりしないといけないんだ。

人間関係に前向きになる度に訳が分からない人が現れる。

 

これは自分にも非があるんだろうな。

もっと冷たく、ばっさりと、そんなもんだと切り捨てる。

傷は浅いうちに手を離すことができていれば…。

 

期待しないから、期待しないでくれ。

もう連絡しなくないから、連絡しないでくれ。

会いたくないから、会おうとしないでくれ。

 

もうやめて。

土曜日の記録②

朝は調子がいいとブログに書いていたみたいだけど、今の気分は最悪だ。

誰とも連絡を取らずに逃げたくなるこの感情に名前はあるのだろうか。

 

マッチングアプリは、「どうせ自分のことなんて妥協して選んだんだろ」という意識が頭から離れなくてもう積極的に関わりたくない。憂鬱だ。逃げたい。

やっぱり自分は新しく人間関係を構築するなんて無理だったのではとつくづく思う。

変わらない世界で、何も変わらず、薬だけ飲んで病状が良くなるのを待っていた方がよかったのかなあ。なんでこんなことになってしまったんだろうか。

 

やはり一度メンタルを壊すと復帰は難しいのか?

人に気を遣って気を遣って、気を遣っていることに疲れた。

自分自身が自分のことをよく分かっていないのに、他人が自分のことなんて分かるわけがない。

もう連絡取りたくない…関わりたくない……………

自分にこれ以上踏み込まないでくれ頼む…。

土曜日の記録

おはよう。
このブログを書くときは、だいたい気分が落ちているときだから内容が良くないけど、今日はそこまで悪くない。

濃厚接触者になってしまい長期休暇が潰れてしまったことと、このタイミングで身内に不幸があったこと以外は調子はいい。

このところ、なぜ生きているのかというとてもやんわりとした憂鬱感は無くなった。いいことだ。
何が自分を変えたのか、回復に向かっているのかはよく分からない。

マッチングアプリで知り合って仲良くなった人がいるけど、あと一歩が踏み出せない。
自分の病気のことも一通り話はしたけど、一緒にいるイメージができない。本当にこの人でいいのか。
ただ遊びに行くような仲じゃだめだろうか。

眠いや。

人間は変化に弱いって本当だ

自分の大好きな言葉、ウォルト・ディズニーの「現状維持は後退である」という言葉。

全くそのとおり、現状維持は±0ではなくマイナスなのだ。好きだ。

 

脳は変化に弱いと聞く。変化(つまり非日常」は、脳にとって異質なことであり排除すべきと。なので三日坊主は正常らしい。

 

そんなことはさておいて、何が言いたいかというと、恋人を作るのは気が重い。

別に自分のことをすべて理解しろなんて思わないし、自分の世話くらい自分でしたいし、頼りきりたくもないし迷惑もかけたくない。

ただ、美味しいものを一緒に食べたり、日常の些細なことを共感したり、どこかで楽しい思い出を作ったりしたいだけだ、贅沢だ。

 

自分のメンタルの悪化がピークに達したとき、自分はこのブログを突発的に辞めたけど、やっぱりブログを書くことは自信の喪失につながるな。

思っていることを文章にすると2倍増しになるというか、もっと自分を励ますような内容に変えていきたいと思う。

自分は損切りされるだろうなってことばかりが頭を支配してよくない。

みんながみんな同じ思考回路なわけじゃないし、育った環境も人間関係も異なるのに、自分の考えが相手の考えというのは傲慢すぎるよな。

 

1ヶ月前では考えられなった人間関係の変化。

関わってくれた人たち、皆さんありがとうございました。

もう少し自分を褒めてあげたい、よくやった。何もしないけど生きているだけで十分かな。

早く薬を飲まずとも生活できるようになりたい。おしまい。

謝辞

自分はいい歳で将来を1人で過ごす強さもなく、そろそろ恋人が欲しいなと思ったので会社の同期の紹介でマッチングアプリを始めた。

人間関係の希薄さや煩わしさ、変に気を遣ったり日程調整をしたりでメンタルが著しく悪くなったけど、有り難いことに自分と会い続けてくれる人がいた。

そして、立ちはだかる「精神疾患をいつ打ち明けるか」問題。
まだまだ世の中には偏見を持つ人はたくさんいるし、自分だったら持病がないに越したことはないと思う。
自分は程度が軽い方だけど、きっといつから言わないといけないんだろうなってぐるぐるぐる。

薬を飲んでいるから飲酒はだめなんだけど、結構飲んで楽しくなって帰り際に打ち明けた。
その人は兄弟が精神疾患で会社を退職したのを知っていたから、理解があるかなと淡い期待もした。
次も会ってくれるしとても大人な対応をされたけど、死にたくてしょうがない。
自分を苦しめる足枷を再認識した気がする。まずい。

もう少しうまく生きたかった。
程度が軽いって何。精神疾患精神疾患なのに。
働けてるってそんなに偉いのか、偉くないよな。
自分は本当に価値がない。価値がなくて苦しい。
その人のご家族がもう前を向いて生きられますように。

自分へ

精神疾患であること」をどのタイミングで打ち明けるべきか。

症状は軽い(と思いたい)が、健全に生きている人はまず薬を飲まない。これは間違いない。

自分はこの薬で生活ができていると考え始めると、もう全然ダメで、ダメダメで、本当にダメだ。
一気に憂鬱な気分になって、遺書を書き直さないとと思い始める。

自分に生きる価値はあるのだろうか。

自分へ 今日はいい天気です。
まだ死なないでください。